「大学を280校減らす。学生数を14万人減らす。」そんな方針が財務省から出たというニュースを見ました。
ネット上ではすぐに「Fラン大学はいらない」「私大文系は無駄」「四則演算やbe動詞からやり直す大学に意味はあるのか」
といったコメントが並んでいます。それぞれの意見に一理はあるはと思うんですよ。
ですが、私はこのニュースはそんな次元の話ではないと考えています。
これは「学力の選別」ではなくて「若者を全国にどう再配置するか?」という視点では?
今回の話は、単純に偏差値の低い大学を減らすという話ではないと思うんです。
「全国に若者をどう再配置するか?」という話しであると考えているんですよ。
政策側の視点はどこにあるのか?
普通に考えて「低偏差値に大学教育なんていらない!」なんて視点で財務省が動くと思います?
その程度なら文科省に任せておけばいいでしょう。
もっと
「東京一極集中の是正」「地方人口の維持」「そのためには若者の故郷への定着」「教育コストの最適化」
等を考えていると思うんです。
つまり「国家全体の効率」を考えていると思うんですね。
大学は若者を再配置する媒体
つまり国家は「大学は、教育機関であると同時に人口配置の装置」と考えているのではないでしょうか?
たぶん政府に「偏差値で切る」という発想はありません(私の想像ですよ)。
東大や京大の中でもさらに優秀だった官僚たちにとって、
偏差値70以下の大学は正直どこも大差がない世界に見えている筈。
極端に聞こえるかもしれませんが、それくらい視点が違うという事です。
彼らにとって、
「どの大学が上か」
「どこからFランか」
といった議論にはどうでも良い議論でしょう。
財務省主導という意味
財務省の方針ですよ(ニュースによればですけど)?
官僚の中の官僚が動くんです。
そうなると、情緒やどうでもいい序列ではなく、国をどうするか?若者をどう再配置するか?という方向に進む可能性が高いですね。
ネットで話題になっている「伝統」「ブランド」「偏差値」「私大の文系・理系」といった要素よりも、
・コスト
・人口配置
・国家全体のバランス
が優先されるはずです。
中堅どころの大学なんていくらつぶしてFランを残しても、官僚からみたら
「箱」がなくなっても「別の箱」があれば若者は動くでしょ?
という感覚なんだと思います。
既存の大学の偏差値や序列を細かく考える必要はない
東京の大学が安全とも限らない。
そう考えると、SNSでは「地方私立大学が危ない」と言われがちですが、逆の可能性もあります。
だって
・都市部に大学が集中しすぎている
・地方に若者が残らない
こうした問題を考えれば、都心の中堅大学を減らし、地方大学を残すという判断もあり得ます。
大学って地域経済に重要ですよね?
さらに大学は若者が勉強する場所と言うだけではありません。
大学がなくなると、影響は学生だけではありません。地域経済にも影響します。
・飲食店
・文具店
・不動産
・アルバイトを募集する業者
といった地域経済全体に波及します。
こうなると政治家も相当に暗躍します。
でも私はそれを「悪い事」とは思いません。だって地域経済を守る事は政治家の本領でもありますから。
すべての大学が対象になり得る
こう考えると、都会の有名大学ですら安全ではありません。
学部の再配置
機能の集約
重点分野の選別
こうした再編は、どこにでも起こり得ます。むしろ東京や大阪の大学の方が危ないかもしれません。
大学の再配置は人口の再配置と思えばね。
現代の廃藩置県という見方
私にはこの流れは廃藩置県に近いと思えます。
地域単位の再編
人材の再配置
中央主導
多くの反対がある中で断行する。
という意味で共通しています。
「御親兵」という比喩について
明治政府は改革の前に御親兵を整えました。各藩から兵隊を招集して、藩の反乱に備えていたのです。招集された兵隊達は、おそらく相当な猛者ばかりだったでしょう。
改革前に抵抗を抑えるための先行策です。
この点を、大学削減のニュースに当てはめてみると 「私立高校無償化」
これが、大学再編前の地ならしだった気もするんです。あくまで仮説ですが。
とにかく「Fラン切り」で終わる話ではない
まとめ
この話題は単なる学歴論争ではありません。
大学280校削減という話は、私立大学の不要さを比べる話ではなく、国家の再設計の一部かもしれません。
「どの大学が消えるか」ではなく、
若者をどこで育て、どこで活躍させるのか
そういうニュースだと私は思います。
