ついに「9月入学を検討する」と安倍総理が言いました。
小中学校も含むのか高校や大学だけの話なのか、いまいちハッキリしません。
いろいろなニュースでメリット・デメリットが論じられます。
しかしその前にもし9月にコロナウィルスが終息していなかったらどうするの? まるまる1年休校になっちゃうの?という疑問しか沸きません。
大変な問題なのにマスコミや有識者の分析の最初に出てくるのは「海外の学校の暦と合うので留学しやすい」という意見です。生徒(児童)全体で留学をする割合は一体何%なんでしょうか? そんな恵まれた事例を話し合っても仕方がないのに・・と少々呆れてしまいます。
全国の現場の先生達の混乱や、普通に学校に行きたい子どもたちの姿は彼らには見得ていないのでしょう。
私はこの年まで(中年期がそろそろ終わる年齢)日本の義務教育ってのは「全国津々浦々にまで平等な教育を」という理念でやってきたと思っていました。そしてそれが皆の為になるのだと。もちろん結果の平等は言いません。優秀な生徒はどんどん選抜して高等教育を受けさせた方がいいと思います。でもそれは「本人の為」ではなく「みんなの為」。だから教育を受けさせる義務がある訳だと。
ところがです。
テレビでも新聞でも超一流の学歴であろう論客達がこの9月入学について論じるにあたり。いきなり「海外に留学しやすい」というメリットの話をするところに彼らの見識のなさを感じましたし、呆れてしまいました。
親の年収により子どもの学力が決まってしまうといいますが、日本のエリート達は完全に世襲となり、階級化したという光景をここに感じてしまいます。
話変わって、今回のコロナウィルスの騒動では、「非常事態宣言」以降は中央政府の陳腐化が実に目立ちました。テレビでもいちいち政府に噛みついているのは全然良いとして、状況が変わると自分の過去の発言等なかったかのように「シレっ」と違う発言をする論客や司会者ばかりで呆れるばかりでした。
同時に都道府県の知事達の奮闘努力も目に入りました。岡山県では知事がゴールデンウィークの観光客に移動について過激な発言をして非難されてしまいましたが、私はその知事さんに好感を覚えました。それだけ真剣なのだろうと(あの発言には反省は必要だと思いますが・・)。
何ともあてにならない中央。この中央にはマスコミも含む東京のエリートがすべて含まれます。反対に奮闘努力する地方。
この図式は歴史に常にあった光景なのだろうなと考えてしまいました。
公家の弱体化と武士団の誕生です。